八代の繁栄を伝える妙見祭

妙見宮祭礼絵巻
妙見宮祭礼絵巻
八代城
松浜軒
地図

 江戸時代はじめ、八代城は現在の位置に移され、城の周辺に形成された城下町には近隣の物資が集まり、長崎や上方への積出港として賑わいました。
 町人文化が花開いた元禄の頃(17世紀終わり)には笠鉾(かさぼこ)など趣向を凝らし、贅を尽くした出し物が奉納されるようになりました。
 熊本藩主細川氏や家老で八代城主の松井氏は、地域の結束を高めるため、祭礼を盛り立てることに心を配りました。
 19世紀はじめに、松井家のお抱え絵師によって描かれた祭礼絵巻を見ると、さまざまな階層の人々が一体となって参加する当時の盛大な祭りの様子を知ることができます。
 妙見祭は、その後、何世代にもわたり八代の大切な文化として受け継がれ、現在でも往時と変わらない豪華な行列を見ることができます。

Page
Top